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2013年1月18日 (金)

リトリートの後

帰りの新幹線は眠かった。

寒さと疲れなのか?帰りが一緒だった3人とまだまだ話したかったのに目を開けていられなかった。

家に着くと、今度は食欲が沸いてきた。

ごはんを食べて、お風呂に入った後、布団に入った時の体がいつもより疲れていることを感じさせた。

翌朝目を覚ますと、ここしばらく感じたことのないような気怠さがあった。

起きて一番最初に見た自分の顔はむくんで目が開ききっていなかった。

この日の仕事で、いつも流すはずの汗も流れなかった。

中に溜まっている感じは、まだ何か起きている?と思わせる。

 

リトリートの最終日、たまらなく涙が流れて、自分がとてもクリアになったような気がしていたけれど、それでも十分消化しきっていなかったのか?

仲間に送るメールを書きながらも、リトリート中の様々な場面を思い出しては涙が出た。

そして、この日はゆっくり湯船につかることにした。

お風呂の中でぼーっとしていると、やっぱりリトリートのことが頭に浮かんでくる。

私には恐れや自信のなさ、人と比べる癖があって、そのことに何度も気づき受け入れながら過ごしてきたのだけれど、やっぱり根深いもののようで、そう簡単には消えない。リトリートの後半にノートを書きながらそんなことが頭に浮かんできた。

自分にとって今必要で、宣言する、肯定する言葉。アファメーション。まず「私はありのままを受け入れます」。目を閉じて自分の中で唱えたら、自分に近くない感じがした。

「私は私を受け入れます」。これもしっくりこない。

そうだ「私は私を愛します」。これだと思った。そして、体の中で唱えた。

自分を愛することが私に必要…なぜ私は自分を愛せないんだろう?いつから愛せなくなったんだろう?

その時、いつからか思い出すようになった一場面が頭に浮かんだ。まただ。子供の頃、台所の隅に隠れて泣いていた私。その私がつぶやいていた「私のことなんて好きじゃないんだ」

リトリート中、思い出した瞬間に涙が出そうになった。

アファメーションについて仲間の3人にシェアする時は、口に出した瞬間に涙が出た。

そして、お風呂の中でもう一度このことを振り返った時、どばどば涙が出て、ひくひく口から声が漏れた。

お風呂の中なら涙が出ても、鼻水が出ても、すごく楽だった。

ふき取ることも気にせず、流れるままにした。

台所で泣いていた自分はあの時一体何歳だったんだろう?覚えていない。

でも、その時だけでなく、昔々の私はよく泣いていた。

愛されたくて泣いていたのか。

何度も繰り返したくないから、このお風呂の中で涙を出し切って、小さい頃の自分の気持ちを思い切り受け入れて、あの時の気持ちを認めてあげたかった。

お風呂から上がった私はやっぱりスッキリしていた。

これを読んでくれている人はかわいそうなワタシを想像するかもしれないし、とてもシリアスに感じるかもしれないけれど、今の私は今までの体験からできている。

その一番新しい今の私が、私は一番好きだ。

時にそう思えなくても、やっぱり今が一番いい。

覆っている部分に触れることで涙が流れるならそれでいいし、何より覆いを溶かしたい。

とてもうれしいこと。私は少しずつ軽くなっていく。

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